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明治時代の蕙蘭の図

同じ漢字を使ってても国により、また時代により意味が違うことがあるので注意が必要です。 「蕙蘭」というと今の中国では一茎九花のことを、日本や台湾ではシンビジウム属の蘭の葉に覆輪や縞の斑が入ったいわゆる葉芸品のことをいいます。
最近入手したこの本は明治21年、日本で発行された「蕙蘭画譜」です。
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この本を持ってた京都市内の古本屋さん、いろいろ面白い本を扱っているのですが、今年の1月の寒波で、テナントの上階の水道管が破裂、水浸しになってしまったそうで、まだネット営業しかしていません。たぶんその時の被害でしょう、水濡れでシミになっていて、安かったので、手を出してしまいました。柄モノは私の守備範囲外なのですが・・・。状態が良いモノだったら、ゼロひとつ多かったことでしょう。

序文は全部漢字、しかも簡体字でないのでところどころしか読めません。判る人いたら教えてください!
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上中央の「芳」と「蘭」はわかります。「蘭」の字をくずすと「兰」に似ているし・・。
最初に出てくる図(下右端)、金龍邊とありますが絵を見ると蜜蜂の好きな金稜辺ですね。「金」の字、面白い異体字を使っています。
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花が咲いてるのはこの金稜辺のみ。地植えです。
あとはみんな鉢植え。鍛冶谷もあります。白金砂 てばいらす斑?
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ぜ~んぶ2~3条立ちです。大株仕立ては流行らなかったのかな?
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鉢は猫足の楽鉢が多い。当時シナ鉢はあんまり入ってきてなかったのだろうか?
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このころ、中国の江南地方では春蘭(一花)、九花が盛んだったはずですが、日本では蘭の花モノを楽しむ人はほとんどいなかったようです。セッコクでも風蘭でも然り。
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シンビの柄ものは万年青の延長みたいなモノだったのでしょうか。。?
日本で花モノが盛んになるのは昭和の初期、銀座の榮次郎さんが紹介して以後になります。
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以上でおしまい。最後頁は一番上の右側です。
跋文は日本語で書かれてありますが惜しいことに一部が破れて欠落しています。とりあえず銘品30種ほどを紹介、続篇、続々篇も発行するつもりとありますが、出版されてるのかな?
編集人は東京府平民にして京都府下京区蛸薬師富小路東入ル油屋町に寄留する疋田敬蔵、画工兼出版人は京都府士族、同区東洞院四条南入ル元悪王子町の平和安民。印刷並びに発売所は聚英館石版部。
定価は壱円八拾銭というと当時にすればけっこう高いですね。

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