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江戸時代の寒蘭の図

寒蘭展の季節ですね。
当地でも昨日から府立植物園でやってるはずだけど、紅葉シーズンだし、駐車場入れるかななどと考えていたら行きそびれてしまいました。
さて、下の画像は今春京都文化博物館で行われた「江戸の植物画展」で展示されていた鉢植えの「寒蘭図」2幅、
せいぜい5条くらいの株にすっくと1本だけ花軸を高く上げて咲かす今風の植え方、鑑賞の仕方とだいぶ違います。大株をでっかい鉢に植えて、藪咲きでも花びらがよれよれでも気にしない。おおらかでいいですね。
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作者は林閬苑(ろうえん)、江戸中期、京都・大阪あたりで活躍した絵師だそうです。

鉢の左側に、紫寒蘭のほうは「安永己亥(1779年)季春、閬苑林又新製」、白花のほうは「安永己亥春老、閬苑林又新製」と書かれ、落款が三つ押してあります。「春老」とは晩春の意味でしょうか?それとも私の読み間違い?
Wikiで調べると閬苑(ろうえん)は号、又新という名だそうです。生没年は不明だけど、池大雅の孫弟子。この絵が描かれた安永8年というと桜島が大爆発した年です。杉田玄白や平賀源内らが活躍した時代でもあります。
「寒蘭図」と説明されてますが、絵には「寒蘭」とは書いてないし春製作ということは、咲いている実物を見ながら描いたわけではないのか?、それとも実は報歳蘭??
まあ、秋に実物をスケッチして、仕上げたのが春だったということかもしれません。
Okyosyaseizucho

この展示会に出てた
もうひとつの蘭の絵、応挙の写生帳に描かれた建蘭の花のスケッチはすごく正確で細かい特徴までよく捉えています。
線描と彩色でうまく表現できないところは文章で記録する、これも良い。
これくらい正確に描いてくれるとなまじっかな写真よりもよく分かります。

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コメント

落款の年号・干支に続く「春老」と言う表現は見た事が有りませんが、春寫(写)とかならば良く使われていますね。
「安永己亥」は、西暦1779年で、「春」は、西暦の2月16日以降になるので、一般的な寒蘭にはどちらも遅すぎる頃の様ですね。
また、画の株の葉姿も寒蘭よりも春蘭に近い様に見えますし、細かそうな土で、細かい苔が生え続けていたのであれば、かなり過湿ぎみの管理がされていたのでしょうから、寒蘭がその様な束になるのは、σ(^^)には不自然に感じられます。

投稿: 儿 | 2016/11/21 19:50

鉢の表面は見栄えをよくするために(見せるために)苔を張り、化粧土?を敷いたものでしょうか?右の五色のビーズ?を色盲検査表みたいに敷き詰めたのてなかなか斬新ですね。下の用土はどんなものを使ってるのか?この時代にまさか鹿沼土や薩摩土をわざわざ上方まで取り寄せたりなんてしてないと思うのですが・・
これくらい開口部が広いと普通の山の土を使っても地植えに近い感じで、表面はそれほど過湿にはならないと思います。
レリーフ模様の泥鉢はどこ産でしょうね?

投稿: 中国蘭迷 | 2016/11/23 10:05

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