« わるいムシ | トップページ | 争議 »

去年の日本の世相をあらわす漢字ってことでしたが
なんで「人の為(ため)」って書いて“偽り”なんだろう?と思ってたら
人の為(な)すことこれすべて」ということだそうです。
対する言葉は「天の意のままに」とのこと..
偽装食品、産地偽装をよしとするわけではないけど、「賞味期限」も「ブランド」も誰か人が作ったモノ、こだわり過ぎるのもどうなんでしょうね?

昨春、宜興に九華を見に行ったとき中国の愛蘭家と話していたら
「日本の赤花や黄花の発色の技術は知ってるよ、でも...」とそっから先をはっきりは言いませんでしたが、彼らにとって蕾にキャップかぶせて遮光したり、またはずして日にあぶったり温度かけたり、そうして鮮やかな色花咲かせるテクニックは陰作りで白花咲かせたり、色水吸わせたり、糊で奇花咲かせたりするのと差不多と感じているようでした。

大きな展示会でひな壇に並んでいる、花茎を葉上にすっくと同じ高さに伸ばし花はみんな正面を向いて色鮮やかに咲かしたベテランさんの作品を見ると確かにすごいと思います。早くから温度調節して展示会の日時にぴったり合わせて咲かすのにも感服します。決して接着剤假花と同列の技術ではないと思います。

けど日春色花や柄モノとちがって、中国蘭はできるだけ余分な人為をかけず「天の意のままに」自然に育て咲かすのが実は一番いいんではないか!?

先日葬儀会場に向かう車のなかでたまたま見たテレビで、若い落語家が“偽”について語っているのを聞いてそんなことを思いました。

|

« わるいムシ | トップページ | 争議 »

コメント

なるほど、考えさせられますね。
ただ、個体の持っている特性をよりよく発揮させる技術は「偽」ではないと思いますよ。少なくとも色水、糊などとは次元が違うと思います。
しかしながら、蘭を鉢に植え込んだその時から実は、自然(じねん)では無くなっているわけでもありますからこれは難しい課題ですね。

投稿: 蘭翁 | 2008/01/21 22:46

自分はやらないけど、年末年始に京都でやってる「大観展」と「雅風展」という盆栽展は毎年見に行きます。
盆栽も「偽」の極みのようで超一流になると「偽」を全く感じさせないですね。

胴長鉢に鹿沼焼き赤玉混ぜて植えて、地上高70㎝の棚の上で育ててるってのは決して自然ではないですもんね。

しかし、中国の假花技術、あれもすごいですよ。
だまされても腹立つの通り越して感服してしまうところあります。

投稿: 中国蘭迷 | 2008/01/21 23:07

蘭草はそのまんまの花色でいいんじゃない?

大体花色のこだわった株みても、みなツツバチに突っ込んだだけのモノが多くて・・・見苦しいものが多いよね・・。

もう少し・・ちゃんと鉢に生えてるように育てないと、何も得られないと想うけど・・。

昔、年寄りが「蘭は草だから、木のように、ハリガネまいたり接木したり、自由にすることはならんから、風と陽と水を良く心得るべし」て言ってたのを思い出します。

まぁ 人それぞれでいいのだからとも想うけど^^

投稿: おとまろ | 2008/01/22 11:02

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55262/17777744

この記事へのトラックバック一覧です: :

« わるいムシ | トップページ | 争議 »