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日本盆栽大観展

 タダ券が手に入ったのでミヤコメッセに盆栽大観展を見てきた。
職場の友人などに趣味は蘭だというとまず洋蘭を思い浮かべるようだ。東洋蘭だというとああ盆栽かと言われる。蘭と盆栽は違うよと言っても興味ない者には全く通じない。
 針金をかけたり、剪定したりで形を作るのは私にはどうも性に合わない。一週間~一月に一度の水やりと、少しの肥料と、病気になったり虫が付いたりしないようにたまに消毒する。最小限の世話で、それでもちゃんと咲いてくれる東洋蘭が好きである。日本春蘭でよくやられるキャップをかぶせたり、あぶったり蒸らしたり、テクニックを駆使して色出ししたり花軸を伸ばしたりするのも好きでない。立ち葉は立ち、垂れ葉は垂れる、地ぎわで咲きたがる花は地ぎわで自然に咲かす方が良いと思っている。(ただ単に無精なだけかな??)
 盆栽なんぞに手を出すつもりはないけど、この”大観展”と1月の小品盆栽の”雅風展”は毎年見に来ている。東の国風展とならぶといわれるだけあってさすがにここに集まる作品は蘭作りにも勉強になる。丹精こめた、それでいて作為を感じさせない風格には素人の私でも心打たれるものがある。まさにこれが神韻というものだろうか。
黒松だ、けやきだという樹種だけでは何の値打ちもないものが作り手の丹精と妙技と時間でこんなにもなる。
蘭の名札のみを追っかけている私としては見習わなければと思う次第である。

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嵯峨野嵐山ウォーキングラリー

 右京体振の行事で秋の嵐山、嵯峨野を歩いてきた。
朝、早めに家を出て、歩きで山を越え畑を突っ切ってスタートゴール会場の嵯峨小学校を目指したのは良かったが会場500m近くまで来て迷いうろうろ時間を喰ってしまった。
受付で軍手とゴミ袋をもらい、9時出発、嵐山、亀山公園から化野念仏寺を折り返し、北嵯峨、大覚寺などを通って戻ってくる、のんびり歩いて約3時間のコース。
燃えるような紅葉と黄金色に輝く銀杏が美しかった。
沿道はまめに掃除されているようであまりゴミはないがそれでもたばこの吸い殻は結構多い。「たばこ吸いは自分の側だけフィルターを付けてすっこいなあ」「吸うんなら吐き出さんと全部吸い込んだらいいんや」などと吸わない者同士冗談をたたきながら拾い歩く。
今日はワッペンを付けていると無料ということで、京都生活32年のなかで初めて化野念仏寺の中に入った。
北嵯峨の野辺の畦道には秋の野草に混じってタンポポ、ホトケノザも咲いていた。

041123-2.JPG 041123-1.JPG
化野念仏寺にあった張り紙        嵐山 亀山公園の周恩来総理詩碑

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寒蘭展

 府立植物園に洛風会の寒蘭展を見に行ってきた。
会館の窓は上部がちょっと開いているだけのに風に乗って会場の外までほのかな香りが漂っていた。中に入ると鼻がなれてしまったのか外ほどに感じないのが不思議だ。さすがに老舗の会だけあって丹精込めたみごとな花ばかりだった。あいにく、友人とは会えず、紅葉の下を小一時間散策して帰る。家に戻ると牟安祥先生からの本が届いていた。

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九華”碧雲”のこと

 どなたか知っていたら教えてください。
『総合種苗ガイド③古典園芸植物編』(誠文堂新光社S42.12刊) 小原秀次郎氏解説の一蕙九華の欄に〈 ★ 碧雲 : 緑茎の新花、花弁は長く、緊辺、尖峰、舌は短円逆ハート形、鄭孝荷の舌によく似ている 〉とあり、白黒の写真が載っています。当時の値段が30000~10000円とのこと。
鄭孝荷は好きな九華のひとつなので緑茎の鄭孝荷!?、すごいな!と思いましたが、実物はもちろん、話にも聞いたことがないし、この本以外に記事を見たこともない。忘れていました。
 実は中国にこの本を送ったところ、蘭友社区(掲示板)に”碧雲”の写真が紹介され、侃々諤々話題沸騰しており、行きがかり上、情報を提供できたらと思っています。
いつ頃、どこで発見され、どんなルートで日本に入ってきたものか?どこかにまだ残っているのか、既に絶種してしまったのか?どなたか消息を知っている方がおられましたらぜひ教えてください。コメント欄かこちらまで
  teikouka.JPG
             普通の赤茎の鄭孝荷の花

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哀悼 鈴木保夫先生

なにげなくすずき園芸のHPを開いてびっくりした。
つい先日、元気なお姿を拝見したばかりの苑主 鈴木保夫様の訃報が....
11月13日、訪問先の上海で心不全のため亡くなられた由、言葉もない。
ただただご冥福をお祈りするばかりです。

          合掌

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真是天下蘭人同心na!

↑大連の牟安祥先生からのメールにあった言葉。牟先生の言っている意味とちょっとずれるかもしれないけれど、中国の蘭のサイトを見ていると、国が替わっても時代が違ってもホント、蘭キチは同じやなあ!と思うことがよくあります。
その① 蘭友社区(掲示板)で見つけた書き込み
  自分の大切なもの ⇒ 第一:儿子、第二:蘭花、第三:老婆
                   儿子(erzi)は子供のこと
  老婆=老母のこと?と解釈してぎょっとしたのですが
  中国語で老婆(laopo)とはヨメはんのことと分かって納得!
 ( 日本で「おい、ばあさんや」などというと孫かひ孫のいる老夫婦を思い浮かべますが
  中国では20代の新婚さんでもヨメはんのことを”老婆”というんだそうです )
  ちなみに〈 第4:自己 〉となっていました。
  自分よりは大事に思ってくれているということで”老婆”も許してくれるんでは
  ないでしょうか?
  私の場合は子供はいないんで第二以下がひとつずつ繰り上がります。
その② 以前〈宋梅の故事〉で紹介しましたが
  300年近い昔、山で見つけた宋梅の花が初めて咲いたとき宋錦旋さんは
  〈 朝見て、昼に見た:昼間見て、夜は灯をともしてまた見て、それでも依然として
  見飽きることがなかった
〉とあります。
   故事集は脚色も大分あるとは思いますが、宋錦旋さんはきっと、間違いなく
  そうであったろうと思います。
真是天下蘭迷一様的!!

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中国のメル友

 中国の蘭花網で知り合った牟先生とはその後何度かメールのやりとりをしている。簡体字にもなれて読むほうはなんとか分かるが自分の言いたいことを書こうとすると大変、悪戦苦闘である。
「わんしゃんはお!」と書き出して、10行ほどのメールを送信するのが午前4時過ぎになったりする。それでもなんとか通じているみたいで面白い。
先日、会社の中国出向帰りの同僚に話したら
「相手は若い娘か?」「いや、おっさん。多分同じくらいの年かな!?」
「なんや、しょうもな。ぜんぜんわくわくどきどきせんやんか!」
私は十分わくわくしてるんですけど.....

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改めて自己紹介

 1952年生まれ、京都市在住、京都・宋梅を楽しむ会と富山県愛蘭会の会員です。
中国蘭ばかり一華と九華と奥地ものを愛培しています。セッコクの花ものもちょっとやってます。蘭歴は15年くらい?!ここ数年、蘭蕙小史に載っている名札を追っかける病気に罹患してしまったまだまだかけ出しの蘭キチです。
 はじめた当初は日本春蘭の女雛や黄麗殿などにもあこがれましたが、小遣い一年分出しても届かない。それからすると、中国蘭は安いし、花も香りもよくて、昔、紹興や杭州の大富豪が何千金も出して求めた頃と花そのものの良さは何も変わっていないのに、なんでみんな粗末に扱うのかなと不思議でした。
「清く貧しく美しく」がモットー??の私にはぴったりだと集め出し、すっかりはまってしまった次第です。
故中村彌豫二先生と宋梅会に出会ったのも良かったなと思っています。
最近、中国が経済発展とともに蘭熱が盛んになり、その影響か中国蘭、特に九華の異常な値上がり、そんななかで日本でも中国蘭が復活しつつあるのはちょっと複雑な心境です。

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リンクの威力

 すずき園芸さんにリンクを張っていただいたら、その威力はすごい!
1日せいぜい数件のアクセスだったのが急に50件を超えるようになった。
すずき園芸さんからだとベテランの方が多いんでしょうね。恥ずかしいような、嬉しいような妙な気分です。ぼちぼちと勉強しながら続けていきたいと思います。
先輩諸兄姉のご指導、ご鞭撻よろしくお願い致します。
ご意見ご感想などぜひコメント欄にお寄せください。

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花芽その後

久しぶりに花芽を確認してみたら大分増えていた。
今年は休みと思っていた維西雪素や金黄香、緑英、長字、春一品、楊氏素、老文団素、養春仙などもいつの間にか顔を出していた。楊氏素は四つ、西神梅は六つも上がっていて思わずよしよしとなでてやりたくなる。

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出張ついでに

久々にすずき園芸に寄ってきた。
午前中2時間あまり、寒蘭の香りの中で蘭談義、楽しいひとときを過ごさせていただく。商売上はあまり上客ではないと思うがそんなことを気にせずにふらりと立ち寄れる雰囲気がいい。
週末の関東方面出張があると一泊2800円のサウナに泊まって、九品仏~すずき園芸~神田の古本屋街散策というのがここ数年の私のパターンになってしまった。
午後は東京宋梅会の水野翁(蘭蕙小史を日本語訳された方)を病院にお見舞いした。中国蘭の日本渡来の歴史や蘭の香りについて興味あるお話をたくさん聞かせて頂いた。

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